ニットデザイナーを完璧に引退。あとは残務の仕事を一つ残すだけとなりました。

今月、その残務のために上京。あとは秋田の実家で夏までちょくちょく仕事をして、秋には完璧に終わる予定です。
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10年前、まるで熱病にかかったように手芸店をはじめ、その場所でも編物教室をはじめ、次の年にはネットショップもはじめた。とにかくいろいろなプロジェクトにかかわってなんとかこなして来た。

今から思うと、甘いことばかりをしていた。すべてが甘かった!!

中途半端にデザインができたり、中途半端に人脈があったりしたのがさらにいけなかった。がんばればなんとかなるという体力があったのもいけなかった。

若い女の子が「愛さえあればお金なんていらない!」 とバカなことを言っているのと同じ。

お金がなくちゃ生きていけないんだよ。
稼げなくちゃ事業は続けられないんだよ、バーカ!

とあの時の自分に言ってやりたい。

気合と根性でなんとかなるというのは、ある意味本当だけどある意味まったくちがう。どこに自分の目標を置くかによって 夢はかなう! とも言える。

好きなことを仕事にして多少なりとも収入を得る、ということを目標にしたのなら夢はかなった。出版する、新聞に出る、テレビに出る、ということを目標としていたのならその夢もかなった。

でも私の目標はそこではなかった。手芸でもちゃんと事業としてやっていけて、利益を出すことができる、というところだった。雇用を創出してスタッフにも幸せになってほしいと思っていた。デザイナーとしてデザインするというよりは、起業家として成功したかったというほうに近い。

とにかくやってみた。訳も分からないけど、とにかく動いてみた。気合と根性でぶつかってみた。でも完敗。

マーケットサイズがちゃんとあって、継続する資金力や人材がいて、事業計画があって、それを冷静に客観的に分析する力があって、修正して、さらに資金を投入して事業を大きくしていくというサイクルでなければ伸びていけない。

一人で計画して一人で全部やるには大きなことを考えすぎていたのだと思う。もっと考えを整理して、ちゃんと利益が出るところに力を入れて、利益が出ないことは切り捨てなくては事業としては回っていかない。

これを冷静にやると、最も利益がでないことが編み物(笑) それがわかっていたのに、認めたくなくて見なかったことにしていた。

でも、いつまでもそれではやっていけないことは明白。苦しみをかかえながら仕事をしなくてはならず、つらくなっていった。

秋田へ引っ越すことになり、現実を受け入れることにしたのです。今は、本当にスッキリした。残務が終わればさらにスッキリします(笑)

今まで執着していたことから解放されると、自分の興味がどんどん変わっていきました。まさに地に足をつけた感じです。

ふわふわしたかっこよさを追求するのはもうやめた。実際の生活にダイレクトに役に立つことに力を入れてます。

そうなると、見るニュースもブログも変わる。SNSでも見る画像も読む書き込みも変わる。実際のお店でも見る売り場が変わる。読む本も変わりました。

他の人がデザインしたものや、編んだ作品をチェックしていたけど、今はもう目に飛び込んでこない。飛び込んできたとしても、以前のようなあせりとか嫉妬とかという感情は沸いてこない。

まだ限りない消耗戦を戦っているのね、がんばってね! という冷静で残酷な気持ち・・・

講師業も、コンサルタントも、タレント業のひとつです。もう、年齢的にも私が前面に出てタレント業的な業務をすることはないでしょう。あくまでも、自分の体力気力にあった仕事を淡々とこなしていきます。

森川農園の手伝いとPRを頑張り、ネットショップを運営し、言いたいことは遠慮なく言える!! いまは、そんな暮らしが気にいっています。

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